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32話 僅かに芽吹いたその希望

last update Last Updated: 2025-05-26 14:30:53

 廃教会までの帰路の最中……〝なぜ狂信者が廃教会まで来ないのか〟という話になった。

 単純にケルンの寝床で、寄りつかないだろうとシュネから聞いていたが、それを言えば「まさか」なんて彼は笑う。

「何度も対峙しているから知ってるが、もっと地縛霊らしい理由だ。あの教会に逃げようとしている最中に死んだからだよ」

 だから、死んでも当然辿り着ける筈が無い。つまり、彼らは今も辿り着けずに森の中を彷徨い続けているのだと。

 ────教会……即ち宗教的建築物。聖域。

 死して尚も憎悪で動き回り縋り、聖域に救いを求める。よって、狂信者。

 連想できた由来、彼らの目的が憶測立った途端に、キルシュはハッと目を瞠る。

 ……もしかしたら、憐れな狂信者たちを救えるかもしれない。そして、その狂信者たちを滅し続けるケルンを解放する事ができるかもしれない。

 この森に渦巻く闇を払う去る事はできるかもしれない。

 そんな希望が、たちまちに芽吹いたのである。

「ねぇ、ケルン……今夜、新月よね。私も貴方の責務に着いて行ってもいい?」

 教会に着き、エントランスホールでキルシュはケルンに向き合った。

 突拍子も無い発言に驚いたのだろうか。彼は薄暗さに光り始めた黄金の瞳を丸く見開くが、すぐに首を横に振る。

「だめだ、危険だ」

 即答されるが、キルシュは食い下がらなかった。

 足手まといは否めない。だがやってみなければ分からない事だ。

 キルシュはケルンを見つめ続けた。ジッと彼を見据えたまま。それを数秒も続ければ、お手上げとでも言いたいのか……彼は肩を竦めた。

「答えあってだよな? どうしてだ」

「希望はある。確実に。ねぇ、ケルン。私を誰だと思う?」

 ──私は徒花、能有りよ。と、キルシュは毅然と告げた。

 その手には具象の花。スノードロップを芽吹かせて、キルシュがやんわりと笑むと、何か察したのだろう。ケルンは
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